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オーディオの三大ルール
良い音とは人それぞれ好みがあると思います。

それは間違いないと思います。

同じ景色をいろんなカメラ・レンズで撮っても本当に違って見えます。

この見える景色の差はこのカメラ、レンズを作られた人の「思考」というフィルターが通っているわけです。

もっと言うならその景色をとった人の思考フィルターも通っているわけです。

これが景色に対する微妙な理解の差として表れると思います。

しかしある程度のレベルで撮られた写真は違いこそすれそれは写真=写実的

やはり絵画とは違います。

カメラ・レンズで大きな違いがあるようで、しかししっかり守られたルールの中で景色は再現され、その縛りの中で写真は最大限の個性を発揮します。

「ルールを守った中で」

これが一番大切だと思います。

オーディオの世界はその設定されたルールがあまりにも低いように思います。

カメラで撮られた写真の様なレベルには到底達していません。

そしてそのレベルに全然達していない人間が平気で「好み」なんて言葉を口にします。

私もたまにお客様に頼まれ出張する事があります。

その時、そのお客様が「これは好みですよね〜」なんて言おうものなら、

「好みと言うのはもっとレベルを上げてから言うべきだと思います。」という事があります(ですから私を出張に呼ばない方が良いです)。

「原音再生」

オーディオにおいて目指す最終駅として賛否が分かれる言葉ではあります。

しかしこの原音再生の範囲を広げ=「写真のような写実的再生」と捉えるなら、私は最終駅として考えても良いと思います。

少なくとも現代スピーカーにおいては。

ちなみに私の持つパトリシアン800の様なスピーカーは写真的再生は無理があるかもしれません。

ビンテージスピーカーの再生音は絵画的(写実画的)かもしれません。

しかし写真よりも理解を深める絵画もあるわけで、全ての帯域が写真的ではないけれど、ある帯域だけ、アルパートだけを写真的音楽再生よりも魅力的に描くスピーカーもあるわけです。

さて上で「ルール」なる言葉を使いましたが、私は良い音には三つのルールががあると思っています。

思っていると書きましたが決定事項だと思っています。

それは


1、整った帯域バランス

2、音場と音像のボリューム感

3、ボリューム感を持った音に存在感を与える密度感


1ですが、これに異議を唱える人はいないと思います。

少なくとも低域〜中域〜高域

これが違和感なく聴こえないようにしないといけません。

2ですが、文句を言う人が出るかもしれません。

私に言わせるなら「締まった低域」「ボーカルの口が小さい」なんて言うのは不適切発言だと思います。

志向性のない低域に締まった低域なんてあるわけもなく、ただでさえオーディオ再生において低域の表現が難しくSWを繋いでる人たちもいる中で「締まった低域」を喜びとする人間の気持ちが理解できません。

デッドな部屋で録音されたボーカルならともかく、そうでない場所でのボーカルにはその声に幅と厚みがあります。

だから人間の声は人それぞれ違いがあるわけで、(現代スピーカーを使い)「ボーカルの口が小さい」なんて言ってるのも不適切だと思います。

3ですがこれは2の補足です。

どんなにボリューム感があってもその音場、音像を満たす情報密度がないと音に存在感は出ません。

ボリュームだけの引き伸ばされただけの音楽は中身はスカスカ

このような事があると、「締まった低域」「ボーカルの口が小さい」なんて不適切発言をを言い出人が出てきます。

この不適切発言を出さないために高い情報密度が必要になってきます。

この情報密度が高ければ、音に輪郭を付けずともソフトフォーカスでも音楽が浮き出てくるのです。

これがオーディオの三大ルールだと思っています。

そしてこの三大ルールを最低限満たし、正しいルールの中での思考を加え、好みの反映された、個性的オーディオ再生があると思っています。