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無事四児の父になりました
2月7日午前7時11分

奈良岡秀樹、無事四児の父になりました。

3196グラムの男の子で名前は「澪(みお)」です。

女性的というか中性的というか、

生まれる前に男の子か女の子かあえて聞かないのは我が家の流儀。

今回は男の子だろうと女の子だろうと「澪」という名前で決めていました。

一番上から玲(れい)・麗(うらら)・嶺(りょう)・そして澪(みお)

どの字も「れい」と読めるのは、「できる事ならあなたたちの名前は同じにしたかった。」という親心です。

その様なわけで2月7日は私にとって最も幸福な日になるはずだったのですが・・・

しかし物凄い辛い日でもありました。


2月6日午前

2月2日に耳鼻科からもらった抗生剤があまり効かず、逆に「ちょっと悪くなってるかな?」と言う症状があったので、熱は36.8度にもかかわらず、今流行りのたいして症状が悪化しないインフルエンザB型を心配し病院でインフルエンザ検査を受けました。

そしたら

「いや〜出ちゃいましたね〜B型」と

私的には地獄に突き落とされた気持ちです。

2月5日が妻の出産予定日だった為、1月19日近辺からずっと自宅でスタンバイ状態で(当然お酒は一滴も飲めません)、人には殆ど会わない状態。

1月末からは本当に人とは接しないでいました。

それプラス皆さまお分かりのとおり根っからの超潔癖。

何故に自分がインフルエンザにならなければいけないのだと。

今考えると、2月2日に行った耳鼻科でもらったとしか考えられません。

もうこれは何かの間違いだと叫びたかったのですが、現実は受け入れるしかなくすぐに妻にインフルエンザ報告の電話

そしたら妻からは

「出産の兆候が来てしまった。」と

そして夜から陣痛が始まり・・・・

私は体中にアルコールスプレーを振りまき、手は消毒ジェルで完全消毒、口は普通のマスクではなくHEPAフィルター搭載のマスクを装着し、更には妻にもそのマスクを装着させ午後11時妻を車に乗せ助産院へ

その時私は助産師の先生から

「赤ちゃんが生まれある程度落ち着いたら奥さんと赤やんを迎えに来てください。ただ、出産直後の奥さんと赤ちゃんにインフルエンザをうつさないため、出来る事ならご主人だけ家族から離れていただくことは出来ませんか。」と告げられるわけです。

私は助産院を後にし、我が家の子供三人には「何かあったらすぐにパパが飛んでいくからすぐに電話するように。パパはこれから職場で寝泊まりするから。ご飯の時はマスクしてパパ行くから。」と職場で待機する事に。

そして2月6日は過ぎ、2月7日早朝妻から

「無事、澪ちゃんは生まれました。」

との報告を受けたわけです。

凄くうれしい、そしてその数時間後に助産院に迎えに行きその姿を見て更に嬉しい。

しかしインフルエンザで澪を抱けない。

2月7日お昼頃、妻と澪を自宅まで送った自分は、急遽千葉から来ていただいた妻のお母さんに後の事をお願いし、職場に寝泊まりし一人インフルエンザ治療にあたるわけでした。

※ただ妻から「生まれた直後の軽い澪ちゃんを抱けるのは今しかないから」と2月8日完全消毒マスク状態で澪を生まれて1日後抱くことは出来ました。

そして解熱(36.8度しかなかったのですが 、イナビルを飲んだら急に38度ほどまで上がりました)した2月7日の夜から3日後、今日ようやく私は自宅にカムバックし、今この様にブログを書いています。

今回のあまりにも滑稽な自分の姿を報告することは非常に恥ずかしかったのですが、これもまた人生です。

4人子供がいれば、4人とも生まれた状況は違います。

その時その時が良い思い出と自分に言い聞かせるしかありませんし、恐らく何年後かには良い思い出になってるのかな?

とにもかくにも今日から我が家の寝室は6人。

6畳に6人

この6人がしっかり生きて行けるように今まで以上に仕事に励まなければいけません。

この腕にかけて!どの店、どのメーカーよりも良い仕事をします。

改めまして座間DOLPHINのご指名よろしくお願いします。

※これからの座間DOLPHINですが
2月14日までは自宅でPCを用いたディスクワークのみになります(基本メールのやり取り、ご注文の受付となります)。
2月15日から少しずつ職場に復帰し、ハンダごてや工具を持った仕事を行っていく予定です。